出版社、はじめました
2014年5月3日の南日本新聞
文化欄「週末エッセー」に掲載された原稿です。
☆☆
「出版社、はじめました」
この春、燦燦舎という出版社を始めた。出版社といっても、天文館にオフィスを構えているわけではない。自宅兼事務所は鹿児島市川上町の築100年を超す古民家(薪風呂!)。社員はぼくと妻、3歳になる双子の総勢4名。小さき家族経営だ。
人生初の自営業で、もちろん不安も大いにあったが、妻の「大丈夫!」という、根拠は謎だが力強い承認もあり、やるならいましかねえ、と本をつくった。
第一弾は『桜島! まるごと絵本』。火山の凄まじさと、そこに生きる人びとのたくましさを、子どもたちの記憶に残す本だ。
先日、読んでくれた小学生の女の子から、こんなお手紙が送られてきた。うれしすぎるので原文のままで抜粋する。
「この本を読んでものしりに少しちかずけたと思います。これからもおもしろいけどものしりになれる本をたくさん作ってください」
出版不況だといわれる。若い人は本なんか読まないといわれる。だけど、こんな子どもがいる。鹿児島の未来は、地方出版の未来はなんの心配もなく明るいのだ。
ぼくが出版を通して実践していきたいのは、何も目新しいことではない。商売の原点である、「顔を付き合わせた関係で営まれる、小さな商い」だ。
書店さんが本を売ってくれるかどうかは、ぼくが書店員さんとの信頼関係を築けるかどうかで決まる。もちろん、顔を直接合わさない、ネットやメールでのお客さんとのやりとりもある。そこにも、回線を通した、ほのかな体温を感じる交流がある。
こんな商売は非効率で、前時代的かもしれない。正直、あまり儲からない。しかし、グローバル化の怒濤で、遥か彼方の国からやってきた、誰かの生命を削ってつくられているかもしれない商品を大量に売りさばくやりかたは、既に行き詰まりが出てきている。
互いの顔がわかる範囲の商いは、ごまかしがきかない。売りつけて、はいさようなら。ではあきまへんのだ。「よいものを丁寧につくって、届ける」こと。当たり前すぎるけど、それしかできないので、地道にやっていこう。今回の絵本も、すべての力を使い果たしてつくった。ありがたいことに、発売からひと月で増刷だ。
桜島が誕生するはるか前、姶良カルデラの大噴火で鹿児島中が火砕流でおおわれたことを、知らない人は大勢いる。南北600キロにわたる鹿児島には、紙に刻み残すべきものが、まだ眠っている。なぜぼくらはこの土地で生きるのかを、本を通して探っていきたい。そして、こんな小さき出版社を受け入れてくれる文化の懐の深さがここにはあることを、ぼくは信じている。
燦燦舎 代表 鮫島亮二